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需要は作り出せる?!

2010.12.27

 

 日弁連の弁護士業務総合推進センター法的ニーズ・法曹人口調査検討プロジェクトチームが2008年3月7日に報告書を出しています。その中で、弁護士への法的ニーズの調査検討結果が潜在的需要も含めて詳しく報告されています。

 当該報告書では、簡易裁判所、地方裁判所、家庭裁判所の事件数の今後5年間の増加は見込めないこと、法律相談も今後飛躍的に増大する可能性はないこと、中小企業からのニーズが飛躍的に寄せられる事態は想定しにくい等々増大した弁護士への法的ニーズが潜在的にも、顕在的にも存在しないことが詳しく、説得的に記載されています。
 
 にもかかわらず、未だに「弁護士への潜在的需要はある。」「弁護士への需要は作り出せる。」と言う弁護士がいます。
 
 誰にも見えないものが根拠もなしに「ある」と主張してそこから一歩も動かないのですから、ここまで来たら、もう立派な『宗教』としか言いようがありません。

 ただ、「需要は作り出せる。」と言う表現には大変ひっかかるものがあります。
 それは、弁護士が「需要を作り出す」と言うことは、事件のないところに事件を作ることを意味するように聞こえるからです。
そのような社会が果たして市民にとって良いことなのでしょうか。
 実際、事件数は減っているのに、中身を見ると言いがかり訴訟が増えています。

 或いは、もし、「需要を掘り起こす」というのが事件のないところに事件を作ると言う意味でないとすれば、弁護士が事件を掘り起こすこと以外に、どのように弁護士が需要を掘り起こせるのかを具体的に説明して戴きたいと思います。

 市民は、裁判を起こし、起こされることにより、大変な精神的ストレスを抱えます。
 たとえ裁判に勝っても、その間、当事者が疲弊している姿を見ていると痛々しくさえ感じることがあります。
 弁護士同士で議論をしていると必ず弁護士でさえその場を丸く収めようとする人が出てきます。議論をしているだけなのですから、何も丸く収める必要がないにもかかわらずです。

 「和を尊ぶ社会」というのが良いか悪いかは別として、ほとほと欧米のような裁判沙汰を嫌う傾向が強いのは日常生活でも実感として感じます。ちなみに、フランスの民事裁判事件数は、人口比で言うと日本の6倍近い数に達します。

 百歩譲って、仮に、(どのような方法かはわかりませんが)とにかく「需要が掘り起こせる」というのであれば、何故ここまで就職できない若手弁護士が激増するまで、指をくわえて見ていたのでしょうか。
 今年の一括登録日にノキ弁や即独にさえなれない未登録者が新63期と現63期をあわせると250名を超えるようです。ノキ弁や即独といった潜在的就職難民をあわせると、就職先を見つけることのできなかった有資格者は500名程度に上るとの予想もあります。

 司法改革が始まって既に10年が経過しました。繰り返します。弁護士が需要を掘り起こせるのならば、就職先の見つからない可哀想な有資格者が大量に巷に生み出される前に何故需要を作っておかなかったのでしょうか。
 それは、まさしく弁護士に対する需要がないからではないでしょうか。

 そこのところをまず説明できない限り「需要は掘り起こせる」との発言に説得力はありません。

 というよりも、「需要がある」というのなら、何故激増論者が率先して弁護士を雇わないのでしょうか。
 それは、「需要がある」と言いながら、その実、需要がないことを彼らが一番良く知っているからではないでしょうか。

 もっと誠実に議論しましょうよ。

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