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希望の光

2012.05.18

 

 最終的に昨日の社説論者が言いたかったのは「何故弁護士会は、司法改革の過ちを認めようとしないのか。弁護士会が司法改革の過ちを認めなければ、人数論を言ってみたところで、説得力がないではないか。」ということだったように理解しました。

 その社説論者からすれば、司法改革の失敗は明らかなのに、何故はっきりと弁護士会が認めようとしないのか不思議で仕方なかったのでしょう。
 
 その責任はマスコミにもあると思いますので「弁護士が自らの過ちを認められないのは、マスコミが『司法改革に反対するのは既得権益ばかり考えるエゴの弁護士』というキャンペーンを張るからではないですか。」と切り返すべきだったのかもしれません。しかし、その時、私は言葉に詰まってしまいました。
 
 なぜなら、社説論者の上記意見は、私がこの2年間まさに言い続けてきた意見だったからです。

 「こちらこそどうしたら弁護士会に自らの過ちを認めさせるようにできるのか教えてもらいたいくらいですよ。」という気持ちが口を出てしまいそうになり、二の句が継げられませんでした。

 個人的には反対してきましたが、弁護士会に過ちを認めさせ、反対の舵取りをさせられていないのは、まさに私たちの不徳の致すところです。
 「自分たちは反対してきたから免責される」などということはあり得ません。
 反対してきた私たちだって同罪です。
 弁護士全体が一丸となって過ちを認めて反省し、社会に向かって謝罪し、反対の活動をすべき責任が我々弁護士にはあるはずです。

 私は、2年前に行われた日弁連法曹人口政策会議の第1回の会議で「日弁連は平成12年の臨時総会決議で3000人という間違った決議を行った。まずは、日弁連が自らの過ちを認めて訂正をしなければ、ちゃんとした方向転換などできるはずがない。」と申し上げ、その後2年間の会議で、ことあるごとに「平成12年の日弁連決議が間違っていなかったというのなら、何故方針転換が必要となるのか、説得力がないではないか。まずは、それを認めて方針転換することから始めるべきである。」とことあるごとに言い続けてきました。
 主流派の人たちからどんなに冷たい目で見られようとも、失笑を買おうとも言い続けてきました。
 
 しかし、私の上記意見は最後まで無視され続けました。
 それは、私に力がなかったからだけではありません。

 多くの善良な弁護士がどうしても受け入れられなかったのです。

 
 私は、これま戦い続けてきた中で、多くの人がいかに先日の若手弁護士のように自分の過ちを認めることができないでいるか、その難しさを実感して来ました。
  
 だからこそ、先日の若手弁護士が目覚め、反司法改革の活動を始めたと伺って、心からうれしかったのです。
 
 私はその若手弁護士の言葉に希望の光を見いだした思いがしました。

 1人でも2人でも目覚め、活動を始めたら、それが最初は少ない人数でも、いつかはオセロをひっくり返していくように、その声や活動がきっと世の中を変える力になると思います。

 これからも頑張り続けたいと思います。
 

 
 

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