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2010.10.04
最高裁には、①弁護士に結構な経費が必要であることの感覚がないこと、②裁判官がいかに経済的に恵まれているかについて理解がないことは昨日のブログで申し上げました。(ちなみに、裁判官が経済的に恵まれていること自体を非難する趣旨ではありません。また、裁判官が相当な報酬を受けるべきことが憲法第76条6項に規定されていることも当然のことながら存じあげております。)
先日のブログでも申し上げたとおり、裁判官の仕事は、自分の体験しない事柄について判断する仕事です。
裁判官は当然のことながら殺人罪を犯したもなければ、被害者(や遺族)になった経験も(きわめて例外的な場合を除き)ありませんし、ドメスティックバイオレンスなどとも無縁の生活を営んでおられる方々です。
でも、「自分には経験がないから。」という理由で判断を拒むことはできません。
裁判官は両当事者の言い分から事実を推認し、それに法を適用して判断を下さなければならないのです。
その裁判官のエリート中のエリート集団であるはずの最高裁判所が弁護士の経済的実情について、これほどまで想像力が欠如しているというのはきわめて問題です。というのも、弁護士の仕事は、裁判官が司法修習生の時に修習で一定期間弁護士について実務の研修を受けるのですが、修習で見聞きする弁護士の実情も予想できないというのでは、実際の裁判で全く体験をしたことのない事実を想像し判断することなど到底おぼつかないからです。
私達弁護士が「裁判官には、弁護士経験を一定程度経た人でなければなれない 」という法曹一元を長年切望しているのは、このように裁判官に当事者の実情を想像することができていないのではないかとの疑いを抱かざるを得ないからです。
人間はどんなに優秀であっても想像力には限りがあるのでしょう。
弁護士の場合、依頼者からの生の感情を直接受け止めなければなりません。
これに対し、裁判官は、弁護士により無駄な事実を省かれ感情的な問題もそぎ落とされたあとの結果しか見ていません。
例えば、当事者がもしかしたら判決により最悪の結果が出るとのリスクと和解に嫌々同意するかの究極の選択を迫られ、渋々和解させられていることも多いのですが、そんな裏側は裁判官にはわかりません。皆「当事者が和解の結果に満足して円満に解決できてよかった。」と胸をなでおろしておられることだと思います。
実際、裁判官による判決がどんな酷い内容かわからないという裁判官に対する不信感が和解の後押しをしていることは事実です。
アメリカの裁判官は、一定の弁護士経験年数がなければ裁判官には原則なれません。
司法改革では、アメリカの司法制度を見習えとばかりに、「アメリカの弁護士の数と比較して日本の弁護士数は少ない」とか、「アメリカにはロースクールを卒業した人でなければ弁護士になれないから日本でも同様の制度にすべき」とか、「アメリカには陪審員制度があるから、日本にも同様の制度を導入すべき」ということは言われました。
しかし、「アメリカは法曹一元制度が導入されているから日本でも導入すべき」ということは弁護士会以外で言われることはついぞありませんでした。
実は、平成12年11月1日の臨時総会で、日弁連は「法曹一元を導入するために日本の弁護士数を増やすべき」と決議案で朗々と謳い上げました。
しかし、主眼は弁護士数を激増させることのみで法曹一元は多くの弁護士の長年の悲願を前に弁護士に弁護士激増政策を飲み込ませるためのカモフラージュでしかありませんでした。
なぜなら、最高裁が成績の悪い人を裁判官として採用することはありえず、司法試験合格者数を増やして成績の悪い弁護士をたくさん増やせば、弁護士へのルートと裁判官へのルートとがより分断され、「全ての裁判官が弁護士経験を経ていなければならない」との法曹一元からは益々遠ざかるからです。
私は、平成12年11月1日の日弁連臨時総会で「弁護士を激増させれば法曹一元から遠ざかる。」と警鐘を鳴らして訴えましたが、浮かれた異常な雰囲気の中、強制採決に持ち込まれました。
ふたを開けてみれば案の定、一部のアルバイト裁判官や一握りの弁護士任官でお茶を濁され、法曹一元は「夢のまた夢」という状態になってしまい、今となっては日弁連の中でさえ『法曹一元』などという言葉は死語となりました。
でも、司法改革で一番必要だったのは、この法曹一元でした。